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        「 Brother Man 」

Roger Mais
2004年 Macmillan Caribbean
(初版1954年)   



ラスタに見る可能性と、困難や葛藤を真摯に乗り越えた者だけが得られる希望


 今日ご紹介するロジャー・メイスの「ブラザー・マン」は、1951年に書かれ’54年に出版された、初めてラスタが好意的に書かれた小説だと言われている。 舞台はキングストンのテナメント・ヤード(炊事場や風呂トイレが共同だったりする、低所得者の居住地)。 ラスタのブラザー・マンは30代後半。まだラスタが今のように認知されておらず、まだイギリスの植民地だったジャマイカで、キリスト教徒ではなく、あごひげを生やしている少し変わった存在。(注: ラスタはドレッドを伸ばす前、あごひげを伸ばしていた)  靴職人をしながら、じぶんも裕福ではないのに、困っていると思う人にお金をあげる。 時にはもらう方も「そんなに困ってないんだけど……」と良心が咎めるほど。 ブラザー・マンは病気の人を治したり、人を癒す聖人として尊敬されている一方、一線を引かれた付き合いをされている。 変わり者と必要以上に関わることは、コミュニティーの人にとって噂の種になりかねないからだ。
 ブラザー・マンの近所には、パパシタとガーリーというカップルがいる。 地道に働くことをバカらしいと思い、女遊びの尽きないパパシタ。 彼は同居しているガーリーに飽き、ブラザー・マンのところにいる19才のミネットを狙っている。
 ミネットは田舎から出てきて、行くあてのなかったところをただブラザー・マンに「救われた」少女。 彼女はブラザー・マンといっしょに暮らす内、彼に対して異性としての愛情を抱き始めていた。 じぶんの中に目覚めつつある奇妙な感情を理解できず、「愛ってなに?」とブラザー・マンに問うミネット。 これまで男を知らないわけではないのだが、彼女にとって男に体を許すのは、食べ物や住む所を得るためだった。 そこには特別な喜びや苦しみはなかった。だから愛が何なのか、じぶんの中に芽生えつつあるものが何なのかがわからない。 しかしブラザー・マンは、「愛はすべて」としか答えない。 彼は立派な人物で、欲望のためにじぶんを家に置いていないことは尊敬しているが、ミネットにとってブラザー・マンの言葉はよくわからないことが多い。 ブラザー・マンは聖人なので、個人的な愛や欲望とは無縁なのだろうか。 いつも「ピース&ラヴ(愛と平和)」で終わらせてしまう。
 片やパパシタとガーリーの関係は、違った形でとても屈折している。 二人は毎回擬似レイプのようなかたちでしか愛し合うことができない。 パパシタはだんだん性的にもガーリーを満足させられなくなっており、ガーリーはそれに不満を感じている。 パパシタもそれに気づいている。 やがてガーリーの嫉妬が、パパシタをじぶんから離れさせてしまう。
 ジェスミーナは町の洋裁師。腕も良く、仕事も順調。新しい恋が始まったばかり。 しかし姉コーデリアの夫がガンジャがらみで捕まり、赤ん坊を抱えてジェスミーナのところに転がり込んできた。 先行きの不安、赤ん坊の体調不良で、コーデリアは日に日に正気を失っていく。 しかし敬虔なジェスミーナは、姉に対する不安や恐怖を誰にも打ち明けることができない。
 そんな愛憎と困難、妬み、嫉妬の渦巻くコミュニティーで、みんなから身代わりの標的にされるのがブラザー・マンである。 彼は、じぶんの不運から正気を失ったコーデリアの罠にかけられ、警察に捕まってしまう。 そして時を同じくして市内で起こった強姦・殺人犯が「あごひげを生やした黒人」だったということで、いわれのない非難を浴びるように。 ブラザー・マンが無実であることは、警察もコミュニティーの人たちもわかっていた。 しかし人は残酷にも、日頃の苦悩や困難のはけ口を、いつも密かに探しているものなのだ。 ブラザー・マンの逮捕や、ラスタらしき様相の殺人犯のことは、それらを爆発させる引き金に過ぎなかった。  



 この本の作者 ロジャー・メイスは、まだラスタへの理解がほとんどなく、むしろ理解されていないがゆえにラスタが罪人扱いされていた時代にこの本を書いた。 それは国民のほとんどがキリスト教徒であるジャマイカ社会の現状(貧困、不正)に心を痛め、別のところに答えを求めた結果なのかもしれない。 しかしメイスは、ラスタの教えが状況改善の答えだとは言っていない。 確かにブラザー・マンはゲットーのキリストのような描かれ方をしている。 キリストと同じように仲間の裏切りに遭い、無実にも関わらず十字架にかけられる。 しかしブラザー・マンのピース&ラヴというメッセージは、当初一方通行だった。 個人としての愛より、すべての人に与える愛を追求するばかりに、ミネットの愛情を受け入れることを拒んでいたブラザー・マン。 お金をあげる必要のない人にまでお金をあげていたのは、目の前のことが実は見えていなかった証拠ではないか。 のちにブラザー・マンが、実は過去の失敗に傷つき、ある意味盲目な清さと公平さを追求しようとしていたことが明かされる。 そんな彼が恐れることなくミネットの愛を受け入れたとき、確固たる光が見えたのである。 つまり作者はラスタの平和主義や人類全体に対する愛に共感しつつも、 「 ラスタ = 清い = 善 」 という単純な構図に終わらせなかった。 一つのコミュニティーに渦巻く様々な人の生を同時進行で描くことで、良心に従って人知れず困難や恐怖に打ち勝った者だけが真の尊厳や希望を“じぶんの中に” 見出せることを示している。
 ブラザー・マンに女として見てもらえないうっぷんを、パパシタといっしょに行動することで一瞬紛らわそうとしていたミネット。 しかしじぶんでも理解できないブラザー・マンに対する思いを正直に保ち続けた彼女が、この本の中で一番自然でまっすぐなキャラクターである。 最後の場面で夜空に輝く強い星の光を見、“ ブラザー・マンの前を ” 誇り高くロウソクの明かりを持って歩くのがミネットなのはとても象徴的に思える。 ラスタのビジョンに可能性を感じながらも、真の強さや希望が、一方通行の信念や良心だけでは得られないという現実をメイスは伝えたかったかのかもしれない。    


<参考>



『 The West Indian Fiction 』  R.K.Dhawan 編、2000、Prestige Books
『 Fifty Caribbean Writers: A Bio-Bibliographical Critical Sourcebook 』  
Daryl Cumber Dance 編、1986、Greenwood Press

2007年9月19日 森本幸代

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