Donna. P. Hope
2006年 UWI Press
ダンスホールの成り立ちと意味、その影響力
ダンスホールが「ダウンタウン・ティング(下層階級のもの)」でなくなって久しい。
音楽作りに携わるプロデューサー、トラックメイカー、ミュージシャン、アーティスト、プロモーター、そしてパトロンもダウンタウンの境界線を越えて、ダンスホールはジャマイカ/世界でも影響力を増している。
それと同時にダンスホールの影響力をめぐる議論が盛んに交わされるようになった。
本書は’80年代以降のダンスホールに焦点を絞って多角的に考察した一冊。
第一章はダンスホールの概要。
まず’80年代以降の派手なダンスホール・クローズやブリンに代表される文化がどのように生まれてきたのかを経済的、人種的な視点で解説している。
国の経済政策とインフォーマル・セクター(ICIや小規模ビジネス・マン/ウーマンなど)、華やかなダンスホール文化の関連性は、
それ以前と以後のダンスホールを大きく色分けする特徴だけに興味深い。
その他この章では「外の世界では“外見的に醜い”とされるDJが、ダンスホールでは“セクシーでハンサム”なる」ことに触れたり(1段落のみ)、
スラックネスやバッドマン・チューンの簡単な系譜や、ダンスホールの発展に大きく関係しているラジオ局/テレビ局。
そしてその結果どのようにダンスホールがジャマイカ社会/世界で幅を利かせるようになっていったかが述べられている。
第二章はダンスホールにおけるそれぞれのプレイヤーを「影響を及ぼす側」と「受ける側」に分けて分析。
お客さんのタイプも細かく分けられている。
第三章はダンスホールにおけるセクシュアリティーについて突っ込んでおり、ダンスホールが男女共にそれぞれの性を謳歌する場でもあることがわかりやすく書かれている。
女性がダンスホールで女性性を利用してテリトリーを越境していく部分は、特にエネルギーに溢れている。
露出度の高いダンスホール・クローズしかり、股間のふくらみ具合を競うバフ・ベイ・コンテストなど、既存の価値観にしばられた、ある意味恵まれている女性からは「女性の品位を自らおとしめている」
ということになるだろうが、やっている方は確信犯だ。
女性性をコントロールしているという点で、ダンスホールの女たちは先をいっている。
もちろんそれに踊らされて、望まぬ性の対象になる力なき女の子もいるかもしれないが、教育や機会に恵まれない女たちが一気に生活を変えるチャンスがダンスホールには存在する。
この章ではなぜカーリーンが長年ダンスホール・クイーンの称号を与えられ、野卑だと思われがちなダンスホールの世界を超えて広く支持されているかという理由の考察もあり、なかなか興味深い。
元々ミドルクラスの彼女だが、ダンスホールで成功した一つの例だろう。
もちろん「ダンスホールと性」とくれば、アンチ・ゲイの風潮にもこの章は触れている。
第四章は、ダンスホールと暴力、バッドマンについて。
「暴力、銃=力=男性性」という構図をわかりやすく解説。
第五章はダンスホールという場・文化の持つ意味や、可能性をまとめた章。
「野卑なダウンタウン・ティング」という境界を超え、ジャマイカのみならず世界中のファンを魅了してやまないダンスホールの力が簡潔に書かれている。
ダンスホールは既存の価値観に対抗する場として発展してきた。
しかしこれだけ世の中に認知された今、その影響力に対して様々な議論がされるのも否めない。
本来抑圧された貧しい人たちがじぶんたちの生を謳歌する場だったのが、そのスペースも拡大し、ビジネスの規模はかなり大きくなっている。
より多くの人にとって身近になったダンスホールが、ダンスホールしか知らない世代を生んでいるのも真実。
ダンスホールを理解するのはもちろん、その意味とエネルギーを再確認するのに最適な一冊。
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2008年2月8日 森本幸代