HOME   通販トップページ   連絡先   リンク


Life of Jamaica

著者 Taylor A.さんは1999年ジャマイカに移住。
アイランド・インターナショナルに勤務するかたわら、『ボーン・フィ・デッド』 にカバー写真を提供して下さるなど、写真家としても活動中。



   http://islandtour.jp





Taylor A. さんへのおたよりは、MIGHTY MULES' まで
>> CONTACT


何故これほどまでにジャマイカは私や多くの人々を惹きつけるのか、私はいつもこのことを考えますが、実際にジャマイカの肌に射す熱い空気や、風景を見たら目を奪われにいられず、バスを待つ人々の姿を見ただけで涙が溢れてしまいます。
人それぞれジャマイカに惹かれる理由は違うだろうけど、この空気だけはみんなが共有していること、この島の風景に癒されない人はいないでしょう。




Mobay、Doctor'sCave Beach (写真:Taylor A.)

カリブ海の青さは一日に何度も濃淡を変え美しく、空の下に連なる緑の山々、それだけで暑さが伝わるブーゲンビリアやハイビスカス、名前も知らない原色の花々、大音響で流れるReggae、どれひとつとっても心が、体が躍ってしまう。
ジャマイカの自然は心と目を和ませ、人々の熱気は“生きている”ことを実感するエネルギーを与えてくれるのですから。
すでに何年もジャマイカで暮らしている友人達の助言に従い、私はまず語学学校へ入校。
英語のクラスは私ひとりで校長自らが受け持つことになりました。
集中できるという理由で週4日、一日2時間の授業を受け、午後はビーチで予習復習、週末になるとカメラと身の回り品を詰め込んで、バスやタクシーを乗り継ぎ島中を回り始め 改めてジャマイカで目にするものは何もかも被写体になることを痛感しました。
小さな村や町はとても美しく映り、田舎の生活は決して豊かではないけれど、平和に見えました。後にどんなに小さな村だろうと犯罪が蔓延している現実を知ることになりましたが。

ある週末、KingstonからMontego Bayへ戻る途中、気まぐれで下車したDiscovery Bay。
小雨の中、こじんまりとしたビーチには波がひっそりと打ち寄せられていたのを覚えています。このビーチで私は今いっしょに暮らしているTaylorと出会ったのです。

Montego Bayへ戻ってから、Taylorは時間の許す限り会いに来てお互いのことを何時間も飽きずに話をしました。
1999年10月、私はTaylorと結婚。
心のこもった友人手作りのブーケとWedding Cake、ブーゲンビリアが飾られた白いテーブル、数人の友人が駆けつけただけの小さな結婚式を挙げた私達は、新しい生活をSt.Thomas で始めることに決めました。




Discovery Bay(写真:Taylor A.)


St.Thomasで生まれ育ったTaylorは家族の大半が同じParishに住んでいたこと、仕事柄、留守にする彼が安心して家を離れられるようにと新年を待ち、彼の故郷にある小さい村に新居を構えました。
Taylorの家族は父母、祖父母、異父兄弟、姉妹が9人、顔さえ知らない叔父叔母、従兄弟のほとんどが今もSt.Thomasで暮らしています。
日本という見知らぬ国からやって来た息子の嫁を無条件に受け入れてくれた義父母には大変感謝をしています。
当時、高校生だった義弟はすでに2児の父親、義妹は1児の母親となってしまい今では子供の世話に追われる逞しいジャマイカのお母さんになりました。学校の友達に外国人の義姉がいると自慢してくれたのは遠い過去のこと。
もし、Taylorと出会うことがなかったら、私はこの美しいSt.Thomasの風景やそこに住む人々にこだわることなく、ただ通り過ぎる場所であった、こう思うと人の出会いや時の流れは何て不思議な力を持っているのだろう、と。
観光客さえ滅多に訪れない田舎で、私のLife of Jamaica はついに始まりました。



2/2

2005年11月10日
Copyright (c) 2005 Taylor A.
All rights reserved 

                     HOME   通販トップページ   連絡先



(c)2002 MIGHTY MULES' BOOKSTORE