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Life of Jamaica

著者 Taylor A.さんは1999年ジャマイカに移住。
アイランド・インターナショナルに勤務するかたわら、『ボーン・フィ・デッド』 にカバー写真を提供して下さるなど、写真家としても活動中。



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White Horses、村の中心
写真 (C) Taylor A.

 ジャマイカへ来てやっと腰を落ち着かせられた White Horses。 もう家から家、知人宅から知人宅へと動く必要が無いことに安心しました。 1999年ジャマイカに来た当初は借りた家に問題が発生したりして、たった4ヶ月の間に約7回の引越し。 初めて借りた部屋はバス・トイレ付き、キッチンはシェア、電気・水道込みでUS$220。 それが安いのか相場なのかは分かりませんでしたが、ここはたった1ヶ月で引き払う羽目に。 Iron Shore という Mobay の中では高級住宅街にあったのですが、オーナーがドラッグ密輸で家を留守がちにして放置していたため、外観は素晴しいのに夜中になるとキッチンをネズミが走り回ったり、水の出が悪くてほとんど毎日断水状態。 たまに出ても濁った水が申し訳程度に出るだけで、私はファーストフード店のトイレやビーチのシャワーを使うことが日課でした。 原因は長年の水道代未払い。 隣の家のパイプから水を盗んでいたので水が汚かったり、接続パイプが外れて水が止まったりしていたのです。 その頃家のオーナーはドラッグ取引を続け、真昼間から夜中まで人相の悪い人の出入りが激しく私は睡眠不足。 その上最悪なことにこの家には毎週必ずポリスが様子を見に来る為、毎回私の部屋にドラッグを隠すようになったのが我慢出来なくなり出ざるを得ませんでした。
 ジャマイカで収入の無い私が予算に合わせた家を借りるのは至難でしたから、短期間は友人宅でお世話になって、また知人宅へ移動。 ある知人宅は3部屋続きの一軒家。 隣の若者が重低音&大音量でReggaeをかけ、ガラス窓がいつも振動で震えていました。 そしてある日騒音に慣れ切った私がベッドで横になってウトウトしていると、いきなり物凄い爆音とコンクリートの雨が!  何と天井のコンクリートが連日の振動でずれてしまったのか落下したのです。 とっさのことで何が起きたのかわからずベッドの上で放心。 騒ぎを聞きつけた近所の人が助け出してくれるまで、天井が落ちたことを理解できませんでした。 私は肩から腕にかけて擦過傷を負い出血。 頭にコンクリートの塊が落ちず幸いでしたが、ふと見ると木製のベッド台は落下物によって半分に割れ、それを見てゾッとしました。

 ジャマイカ人と暮らすことを実現した私は、楽しいことばかりではないことを思い知ります。 短期間でもきびしい生活をしている人たちと生活を共にしたことで、これから先どんなに不便な環境でも対応出来る自信につながりました。
 トイレは外、Yard の端っこに位置しているため、夜はトイレットペパーとろうそくを持って暗い小屋へ。 中に入ると大きなコンクリートの台座に穴が3つ。3人まで同時に使えます。 誰にも入ってきて欲しくないときは小屋の入り口にトタンを立てかけるわけです。 シャワーはもちろん水で屋外。木の枝にホースを引っ掛けシャワーを浴びます。 どんなに寒くても水以外出ませんが、水が出るだけで感謝の気持ちを持つようになります。






日の出 (White Horsesの家、キッチンからの眺め)
写真 (C) Taylor A.




 White Horses の家は毎朝1時間ほど水が出て、あとは断水。 それでも田舎には洗濯する川や滝があり、それが当たり前になれば苦にならない体と精神になっていき、与えられた環境を自然に受け入れることができてきます。 滝まで歩いて20分。家に着いた頃にはまた汗だくになってしまう。 その頃どんなに食べても太らなかったのは、生活自体がエクササイズだったからでしょう。 体は楽なことにすぐ慣れて怠けがちですが、日本の便利な生活をしていたのが嘘のように、私はジャマイカの生活がすっかり気に入ってしまいました。  

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