草木や動物と話をし、じぶんの名前を言い始めたら止まらないアロイシャスは、たしかにマッドマンだ。
ブッシュの中で、屋根のついた家もなく暮らしているのもマッド。
しかしアロイシャスには、ふつうの道徳心もある。
ある婦人が誰もいないと思って道端で放尿していると、それを見たアロイシャスが「俺の前でおしっこなんかするな!
女の人はちゃんとトイレでするもんだ!」と怒ったり、インガが「ボン○!」と暴言を吐くと、「そんなことを言ってはダメだ!」と注意している。
じぶんのお墓のことばかり考えているブシャはどうだろう。
彼は確かに大地主で、豊かな暮らしをしている。
しかし死んでからお墓の上を動物が歩く妄想に悩まされ、先祖が代々眠っている墓地に入ることをなによりも嫌がっている。
少し不自然(マッド)ではないだろうか。
アロイシャスがマッドだからといって、全くの孤独かというと、実はそうでもない。
自分が放尿するところを見られた女性も「なんだ、アロイシャスか」と安心したり、アロイシャスが授業を立ち聞きしている小学校の校長も、「アロイシャスなら問題ない。悪いことはしない」と彼のことをコミュニティーの害なき一員として受け入れている。
現にアロイシャスは村の大事なクリケットの試合でボーラー(野球でいうピッチャーのようなもの)になってくれないかと頼まれるほどなのだ。
みんな彼のことを「マッドマン」と呼びながらも、アロイシャスのマッドを許容しているわけだ。
それはブシャも同様。
かなりの人種差別家で、お墓のことばかり考えている身勝手・傲慢な人間であるにも関わらず、ブシャがコミュニティーのクリケットマッチを仕切っているのだから、ブシャもコミュニティーで容認され、それなりに尊敬されているわけだ。
しかしインガは違う。個人主義の意識が強いヨーロッパから来た彼女にはお金があり、自由な女性像を主張し、じぶんの身を守るすべ(空手、カンフー)があるのだから、何をしてもいいと考えている。
お金を払っているのに「騒ぎを起こすから」という理由でホテルから放り出されるのは納得がいかないし、
「ボン○」を連発しては住民を挑発。
さぞかしジャマイカはマッドなところだと思っただろう。
あげくの果てには「女王だってウンコをするんだよ!」と罵る始末。
いわゆる文明の国から来たインガは、彼女の尺度で物事を見、それをアロイシャスや村の住民にも認めさせようとする。
しかしアロイシャスが女王を侮辱されてブシャに助けを求めると、ブシャは冷静にこう説明しようとする。
「ここは小さな国なんです。神聖な施設もそう多くはありません。
君主に対する概念はとても重要で、巷のものは権威ある人間を。。。」
しかしインガはそれをさえぎってたたみかける。「女王だってウンコをするのか、しないのか!」
すると日頃無知をバカにしているブシャでさえ、ジャマイカ人として威厳と礼節を持ってこう言い返すのだ。
「あまり大きな声を出さないで頂きたい。ここは自由な国なんです。あなた方のナチス・ドイツとは違います。
わたしたちにはみな自分の意見を持つ権利がある。
そしてわたしはアロイシャスと同意見です。
わたしたちの女王は排便しません」
そうきっぱり言い切るのだった。
観光客・インガの目で見たジャマイカは豊かな自然に恵まれ、楽園のような場所。
木の下で寝起きするのも新鮮さに満ちている。
しかし実際自分が仕送りを止められてまわりを見てみると、そこは貧しい人たちが暮らす、ただの小さな村に過ぎないことに気付く。
なにもかもがイカれていて我慢ができない。
やがてアロイシャス一人で満足できないインガは、サービスという血に飢えた畜殺人も巻き込み(彼もマッドだ)、二人をそそのかしてブシャの家を襲うことにする。。。
外から見たジャマイカは、様々な矛盾を抱え、マッドなことに満ちているかもしれない。
そこに生きる住民も、見方を変えればみんなマッドマンに見える。
しかし小さなコミュニティーで生きる住民にとっては、外の人間ほどマッドに見えるものはなく、一番理解しずらい存在なのではないだろうか。
『 The Lunatic (精神異常者)』 は一つのコミュニティーに生きる様々な人種、価値観、問題などを赤裸々にしながらジャマイカを描いている。
それは著者・アンソニー・ウィンクラーがジャマイカをこよなく愛し、理解しているからなしえる技。
マッドとまともの境界線は、見る者によってひっくりかえる可能性があるというおかしさを、もしかしたら示しているのかもしれない。
ちなみにこの作品は1991年、Island Pictures 制作で映画にもなっています。
主演は
「ダンスホール・クイーン」 「サード・ワールド・コップ」 「ショタ」でもおなじみポール・キャンプベル。
強面キャラとは正反対のアロイシャスを非常にうまく演じてます。
映画は原作本と少し違うエンディングになっているのでこちらもおすすめ。
協力: 鈴木慎一郎さま (著書・「レゲエ・トレイン」、「シンコペーション」他)
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2004年11月4日
MIGHTY MULES' BOOKSTORE
(2007年2月4日編集再掲載)