理想とやる気。
昨日、カナダの労働プログラム人員募集の際、男性の無学さが問題視されて新聞にとりあげられていたが、他にもその報道に思うところのあった人がいたらしく、この問題に関して別の考察が寄せられている。
その中に「若者が人生に対しどんな期待を持っているのかを理解すべき」という一文があった。
また別のところで、偶然アメリカ・ヴァージニア州の大学で’97年に発表された「不利な立場に置かれたジャマイカの若者の向上心」という博士論文をみつけたのだが、上の記事と奇妙に呼応しているように感じた。
この論文は、ジャマイカの低所得者家庭から3人の青年(18歳から21歳)を中心とした聞き取りフィールドワークを元に書かれたもの。
その中で3人は、一様に教育の重要性を理解し、いい仕事につきたいという意思を持っていることが示されている。
しかし気になったのは、「学校は大事。いい仕事に就きたい」と言いながら勉強をしていなかったり、職業訓練や仕事が長続きしていないという共通点である。
学校に行っている間は、当然収入が得られない。訓練期間中は給料が安く(もしくは無給で)勉強期間は長い。
そこで訓練生という立場をうまく使われることも考えられる。
やっと希望の仕事に就けても思ったような給料が得られず、ばかばかしいと感じるのかもしれない。
それですぐにやりたいことが変わったり、知識や経験もないのに「自分でビジネスを起こしたい」と語っている。
先の新聞記事で「政治家や国民が一体となって現在のシステムを改善すると同時に、若者が人生に対してどんな期待を持っているのかを理解する必要がある」というのは、的を得た意見かもしれない。
まじめに努力してもテレビや映画で見るような生活ができないなら、努力する意味がないという社会の罪は大きい。しかしテレビや映画の世界の華やかさをすべての人が手にして当たり前だと思っている若い子たちの考え方も理解して、根本的な対応策が生まれるのではないだろうか。
博士論文のリサーチでは、青年たちの家族のコメントも出ているが、その中の父親の一人(空港勤務30年弱)が「欲しいものがあれば、それを手に入れるための努力をしないといけない。欲しいものが簡単に手に入ると思っているのが間違い」と言っていたのが印象的だ。
いろんな面で努力が報われにくいというジャマイカ社会の責任は大きい。と同時に、若い子は成功を安易に考えているのだと感じることもあった二つの記事・レポートだった。
>> 10月4日 グリーナー
>> 「 The Aspirations Formation of Disadvantaged Jamaican Male Youths 」
Kenroy A. Walker, 1997
スティーヴン・マクレガー、EMIと契約!!
カニエさんのように活躍する日も近い。 若くても、彼の賢さと落ち着きがあればきっと大丈夫。
ビッグ・シップから7インチも出し続けてほしい。
>> 10月3日 スター
男性の教育軽視。
2日、キングストンの労働・社会保障省で、カナダ行き労働プログラムの選抜者450人の受付が行われ、工事現場での仕事を希望する男性数百人が詰めかけた。
しかし関係者によると、選抜の際一番の障害になっているのが、応募者の無学さだという。
いくら中学・高校まで行っていても、中退・卒業資格試験を取得していなかったり、読み書きが極端に遅い場合は、体を使う仕事でもマイナス。
工事現場での仕事経験があるといっても、溶接・配管・重機の運転ができない場合はマイナス。
これは職業訓練の不足(見習いに耐えられず、これも途中でドロップアウトする場合が多い)が原因。
先日トピックの「プレッシャー・ドロップ: こどもの場合」でも少し触れたが、男性は女性に比べて学校を早くにドロップアウトする傾向がある。
西インド諸島大学でも、今在学生の8割以上を女性が占めることが問題にされていた。
ジャマイカは、よく仕事がないと言われている。しかしジョブ・バンク(仕事を紹介する会社)を見てみると、様々な仕事の募集がされている。
しかし募集されている職種をよく見て欲しい。教育や訓練、地道な仕事経験を積み重ねていないと、応募さえできないようなものばかりだ。
時代は、プロを求めている。
「早く金を稼げるようになりたい」「人に使われるのは耐えられない」と言っていたのでは、時代に取り残されてしまうという現実が、今回のプログラム応募者から露呈している。
当然ながら怒りの抑制も、社会人として必要なスキルの一つ。
簡単にお金を手にしようとしていたのでは、なかなか身につかないことが、今世の中では求められている。競争は激しい。
>> 10月3日 グリーナー
杞憂?
新しく誕生したブルース・ゴールディング内閣。財務省大臣はオードリー・ショウ。
元々JLPの財務委員長を務めていたので、今回財務省大臣になることも予想できた。
これまで憎まれ役を買いながらも、なんとか予算をやりくりしていたオマー・デイヴィスに代わって大臣になったものの、ハリケーン・ディーン後の復旧などで課題が多いままスタート。
(どこの省も同じ) ただ看護士の給与問題で、野党時代、「じぶんが財務省大臣になった暁には、看護士の給与を今の2倍にする。そうされて当然」という発言をしており、夜間勤務手当などの免税なども約束していたことが発覚。
本とうにそんなことが可能なのかと心配されている。
看護士たちは今回も話し合いの様子を証拠として録音すると語っていたが、それ以前から録音していたオードリー・ショウの発言が新聞掲載されて逃げ場のない状態に。
たしかに看護士の給与は上げられるものなら上げて然るべきだと思う。
しかしショウの発言は、選挙を意識した「わたしが○○になったら」という太っ腹な無責任発言ではなかったか。
せっかくゴールディング内閣が順調に始まっているので、約束を守らないわけにはいかない。
政治家の「わたしが○○になったら」をうまくつかった看護士協会は賢い。
>> 10月2日 グリーナー
クイーン・アイフリカ。
「ビロウ・ザ・ウエイスト」で「ろくでもない男なのに、彼の腰から下を求めてしまう。。。」という女性の姿をさらりと歌ってのけた彼女。
今度は幼児虐待・近親相姦というショッキングなテーマを扱った「ダディ」という曲がアイリーFMでよくかかっている。
怯えるこどもと、彼女/彼の体に触れる父親。それが目に浮かぶような生々しさで、聞く方の胸が痛くなるような曲だ。
もちろんこどもは、まだ性的なことなど知らない。「お父さん、お父さんなのにそんなとこ触っちゃダメだよ。わたし/ぼくが怖がってるのがわからないの?」という繰り返しが悲しい。
そして切々とこどもの心の声が歌われる。
しかし幼児虐待・近親相姦(加害者は実父、義父、親戚)という問題は現実。
最近ラスタ系の女性アーティストが、これまでになかったようなテーマを扱っていてとても新しい。
しかもクイーン・アイフリカはカッコいい。
彼女たちの歌は、あまりにも自然でリアリティーがあるので、まるで黒人女性の “ 話 ” を聞いているような気持ちになる。
>> クイーン・アイフリカ、マイスペース
キャロル・ゴンザレス復活。
’90年代初頭に「スポイルト・バイ・ユア・ラヴ」や“アクション”の「セカンド・クラス・ラヴ」で強い印象を残していたスイート系シンガー、キャロル・ゴンザレスが音楽活動を再開。
その後判事をやっているとは聞いていましたが、先日判事をやめて、もうすぐファースト・アルバム「ザ・ミュージック・イン・ミー」をリリースするとのこと。結構いろんなところでアルバム・ローンチの記事やインタヴューが掲載されています。
プロデューサーはディーン・フレイザー。発売は自主インディペンデントのダコスタ・レコーズ。
カヴァー曲が多く、視聴できる範囲ではシンプルな作りの印象ですが、「スポイルト〜」を聞いて、あのシンガーどこにいった?と探していた人はチェックしてもいいかも。あのやさしい声は健在。
アルバムのミュージシャンのメンツ、視聴などの詳細は公式HPで↓
>> 公式HPブログ
2007年10月8日
MIGHTY MULES' BOOKSTORE