Carolyn Cooper
2004年 Palgrave Macmillan
いろんなボーダーを越境していくダンスホールのエネルギー
西インド大学で文学と文化学を教えるキャロリン・クーパーは、ダンスホールなどのポピュラー・カルチャー研究者としても世界的に有名。
本書は前作 『 Noises in the Blood 』 に続く、「 ダンスホールはさまざまな方面から既存の価値観にクラッシュを挑むもの 」 という見地に立って書いた非常に興味深い本である。
ジャマイカは周知の通り1962年までイギリスの植民地だった。
イギリスから宗教を与えられ、イギリスの言葉でイギリスの教育を受け、イギリス的価値観を身につけるのをよしとされてきた。
信仰はキリスト教、話す言葉は英語。
学校では見たこともない雪の出てくるイギリス文学を読み、シェイクスピアを暗記する。
美しさとは 「 直毛の髪 」 で 「 白い肌 」。
しかしジャマイカに生きる大多数の現実は、そんな与えられた理想とはまったく違うものだった。
そんな中、貧しい低所得者層の娯楽として誕生したダンスホールは、善も悪も、美醜もそのままに自分たちの言葉(パトワ)で歌い踊る音楽。
階級や宗教、人種や性別、セクシュアリティーなど、ゲットー発のダンスホールは “ すべての現実に対して ” 声を上げる。
「 まえがき 」 ではダンスホールを語るとき、槍玉にあげられるスラックネスという言葉に触れ、単に性的な内容を指すのではなく 「 新たな境界線を定めるもの 」 とクーパーは定義。
この意見に関しては少々飛躍の感もあるが、スラックネスの持つエネルギーや可能性を 「 文化の衝突 」 という観点から見て生まれたものである。
ダンスホールにおける露出度の高い女性の服装が「偽装」という意見もかなりうなづける。
男性のダーグ(格好にばかりお金をかけて複数の女性と関係を持つ無責任なロクデナシ)ぶりも 偽装 。
つまり 「 ダンスホールに集うDJ/パトロンたちは、日常生活のさまざまな価値観の押し付けや重圧から逃れ、自己を解放するために偽装している 」 というのがクーパーの意見だ。
女性は自らモノ扱いされるために露出度の高い服を着ているわけではなく、自分を解放し、セクシュアリティーを利用して新たな自信と力を得ている。
第一章ではニンジャマンの 「 ボーダー・クラッシュ 」 を皮切りに、実際ダンスホールが社会に対してどんなクラッシュを挑んでいるのか具体的に例をあげて解説。
第二章は 「 シャバだけがエグい? 」 という疑問をボブ・マーリーと比較考察している。
第三章はレディ・ソウ。
クーパーはソウを女性の強さ、力の象徴として女神・オシュンになぞらえている。
リリックをよく聞いているリスナーやマリオン・ホールとしてのソウを知っている人は別として、過激な歌詞やステージパフォーマンスしか見てない人は必読の章だ。
移り変わりの早いDJの世界で、女性としては異例のアルバム8枚を有するソウが、なぜここまで人気を持続しているのかがよくわかるだろう。
あとこの章には 「 ボン○クラー 」 に関する興味深い文章もある。
第四章。「 お母さん! お母さんなの?! 」 という印象的な 「 ダンスホール・クイーン 」 の台詞が示すとおり、映画「ダンスホール・クイーン」
と 「 ベイビーマザー 」 を例に、女性たちのボーダークラッシュについて述べている。
長年黒人女性の美しさを否定する社会に生きてきたジャマイカ人。
なぜ危険をおかしてまで肌をブリーチする人が絶えないのか。
そしてカーニバルのマスク(トリニダード)、ソカのカーニバル(ジャマイカ)での露出度の高い衣装やヒワイなダンスが許され、ダンスホールの女性たちはファッションやスタイルをバッシングされるのか。
「 ダンスホールは偽装 」 という説を突っ込んだ章。
続いてダンスホール・カルチャーの暴力性について。
ダンスホールの 「 ガン 」 は 「 言葉のガン 」 だとする考察。
ホモフォビアについての文章もかなり収録されている。
以後 「 ケイプルトンは元祖ファイヤマン? 」 「 バルバドスにおけるダンスホール・バッシング 」 「 ダンスホールがヒップホップに与えた影響 」
「 アパッチ・インディアンは何人(なにじん)か 」 「 ダンスホールはパトワで歌うことに意味がある 」(注: ジャマイカ人にとって、の意)などレゲエファンには興味深い題材が続く。
彼女の提起する説からいろんなインスピレーションを得られることは間違いない。
近年ショーン・ポールやタミ・チンに代表されるミドル・クラスのアーティストが支持されていたり、これまで以上にダウンタウンのストリート・ダンスへ足を運ぶアップタウナーが増えている現状。
過激・奇抜だったダンスホール・ファッションは洗練されて、アメリカにいるような感覚を味わうこともある。
リディムにはアメリカ音楽に加え、インドやソカ、スペイン音楽など様々なエッセンスがブレンドされるようになった。
今やヒップホップ・アーティストだけでなく、カリブやアフリカ、ヨーロッパ、日本人アーティストとのコラボレーションも当たり前になっている。
ジャマイカのダンスホールは、ジャマイカの階層やマーケットだけでなく、文化的にも境界線を越えつつあるのだ。
そのエネルギーを実感させてくれる一冊。 ダンスホール・カルチャー・アット・ラージ!
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2005年2月10日 森本幸代
(2008年2月8日加筆・修正)