Trevor Rhone 著
1984年 KET Books
崩壊寸前の夫婦関係をいかに取り戻すか
1970年代後半、舞台はジャマイカのダウンタウン・キングストン。中年夫婦のジムとグロリアは夜な夜な鳴り響く銃声におびえて暮らしていた。
3人の子供たちはイリーガルでもなんとかアメリカに移住。
同居していたジムの父親も薬をきらせて自宅で息絶える。
残されたのはジムとグロリアの二人。
安心して薬を買いに出られる所に住みたい! 家族を埋葬中ガンバトルに巻き込まれるなんてウンザリだ!
とうとう二人は新天地アメリカをめざして移住計画に乗り出すことに。
ジムは典型的な男の代表。妻は夫に仕えて当然。家のことをやるのは当たり前。自分の言うことを聞いて当たり前と思っている。
だから家事は一切できないし、なんでもグロリアに頼りっぱなし。外に若い女性を囲っていることもバレていないと思っている。
そしてグロリアも夫のあり方を当たり前に受けとめて20年過ごしてきた。
しかしそんな二人の関係はアメリカ移住計画を機に大きく変化する。
なんとか合法にアメリカ移住するため二人はいったん離婚をし、グロリアが一足先にアメリカへ行ってアメリカ人男性と結婚することになったのである。
そして永住権をとったあとジムはグロリアと再結婚するはずだった。
しかしジムや家から離れたグロリアは、自分の扱われ方が妥当ではなかったことに気づいてジャマイカに戻って来る。
当然ジムの横柄な態度や物言いが許せない。
「どうしてわたしのことを見下すのか。」「どうしてわたしの気持ちを知ろうとしてくれないのか。」
二人の偽装離婚は、真の別れの危機をもたらす。
キングストンでは当たり前の鉄格子がグロリアの牢獄にも似た結婚生活を象徴。
そこから開放されて初めて、グロリアはどんなに自分が拘束されていたのかを知る。
夫婦生活を修正するための歩み寄りは、お互いがなにを欲しているか知ることから始まる。
相手のことを思って自分の希望を押さえつけてばかりでは一方的な関係になってしまう。
屈辱や口論を通してでもコミュニケートして、やっとお互いの新たな一面を発見することができるのだ。
'82年代にジャマイカで上演された「トゥー・キャン・プレイ」はアメリカでも上演され、
ケンタッキー公共放送でテレビドラマ化もされている。
2003年にはケニア(Mbalamwezi Players)、2005年6月にはカナダ(Obsidian Companyの公演)でも高評価を獲得。
カナダ公演でグロリア、ジムを演じた二人はジャマイカン・ディアスポラで、監督の ahdri zhina mandiela もジャマイカ人。
彼女の次回作はアンソニ・ウィンクラーの「The Burglary」らしく、こちらも期待大。
音楽だけでなく演劇の脚本も国境を越えてディアスポラに再生され、オーディエンスを増やしているのがジャマイカ的。
「崩壊寸前の人間関係をいかに取り戻すか」というユニバーサルなテーマを、パトワを駆使したタイトな台詞の構成でユーモラスに描いている。
本書の序文は マイケル・マンリー。こちらも一読の価値あり。オススメ!
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2005年8月3日 Mighty Mules' Bookstore
(2006年9月20日再掲載)