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       「 Waiting in Vain 」

Colin Channer
1998年 The Ballantine Publishing Group   





新しい理想の男性像?

   この本の主役はファイヤーというジャマイカ人男性。 父親は学校で美術も教える、世界的に著名な画家。母親はエア・ジャマイカのフライト・アテンダント。 裕福な家庭に生まれ、アメリカのイエール大学で教育を受け、インテリで、作家としても名声を得ている。 つまりファイヤーは読者が嫉妬を覚えるほど完璧な男。 スタイル良し、性的な魅力もあり、女性だけでなく男性にもやさしい。 誰に対しても公平で謙虚。 物質的なものに惑わされず、「行きたいとき行きたい所に行って、好きなことをする」というシンプルな毎日を送っている。 (それができるのは恵まれている証だとは気づいていないが)
 そんなファイヤーがNYでシルビアという女性に出会い、お互いの課題を乗り越えて一緒になるというのが主なあらすじ。 最初はあまりのファイヤーの出来のよさ、「これって必要なの?」と思われる性描写の多さに嫌悪感を覚えることもあったが、 出来すぎたファイヤーのキャラクターが意図的に作られ、数多くの性描写が読者への挑戦だと考えると、この小説はよくできている。



 ファイヤーは裕福な家の生まれだが、親類の中には地位も豊かさも捨てた叔父のラスタファリアンがいる。 その叔父がキングストンのゲットーに住んでいることもあり、ファイヤーはアップタウンとダウンタウンを自由に動きまわることが可能になっている。 しかし幼友達のイアンはゲットー出身。幸運にもファイヤーの父というパトロンを得てアップタウンに出入りできるようになったが、ジャマイカのアップタウンのみならず、世界中どこにいっても 「自分はよそ者」という違和感がぬぐえないでいる。 加えてイアンの母親はインド系ジャマイカ人で、 人口の90%以上をアフリカ系の占めるジャマイカにおいて、イアンは母親がインド人という人種的な劣等感も抱えている。
 のちファイヤーと出会うシルビアも、シルビアの元恋人も、やはり豊かでない家庭に生まれ、経済的な成功をもってしか “社会的に上がれない” と感じている。 そしてイアン同様、彼らも経済的に成功したとはいえ、どこに行っても心から居心地良く感じることはできないのだった。
 つまり生まれの違いがいつまでも彼らの価値観や生き方を左右しており、豊かな家庭で何不自由なく暮らすことが当たり前のファイヤーには、 なぜイアンがステイタスを誇示するようなタグ・ホイヤーの腕時計をするのか、なぜシルビアが 嫌々ながらも黒人雑誌の編集という仕事を離れられないのかを理解することができない。

 結局世界中を好きに旅するファイヤーであるが、やはり心から居心地良く感じる場所はジャマイカであって、彼の恋人になるシルビアも実はジャマイカ人だった、という ことになるのだが、ファイヤーのキャラクターは、ジャマイカ人が見ても違和感を感じるものなのではないかと思う。 というのもファイヤーのように生まれを気にせずアップタウン/ダウンタウンのみならず、世界中を行き来する人はまだ少ないし、 女性に料理を作ったり、自作の詩や贈り物をする男性は、少しジャマイカ人にしては女性的な印象を与える。 自分が少々ディスされても我慢できる心のゆとりがあるのは、豊かな家庭に育ち、何不自由なく暮らしているからではないだろうか。 ロンドンに行けばロンドンの空気になじむ服装とふるまい、食生活をすることができ、NYではNYの空気に馴染む生活ができる。 ボブ・マーリーの音楽とジャマイカの風景を心から愛しつつも、ファイヤーには世界中どこに行っても適応できるだけの知識と、 余裕があるのである。 しかも常に物質的なものに惑わされず、心の豊かさを損なわずにいられる金銭的余裕があるのだ。
 しかし著者のチャナー氏が、そんなファイヤー像を男性の(ジャマイカ人の)理想として提示していると仮定すればどうだろう。 既存のジャマイカ人男性に対するのステレオタイプを、逆に本のセールスに利用しているとすれば?  「ジャマイカ人には性的な魅力があり、性的に強い」 そういうステレオタイプを利用すれば、 本の最初に性がらみの描写を多く取り入れることで、そういうイメージを期待している読者の心をつかむことができる。 そして「ジャマイカ人には性的魅力もあるかもしれないが、同時に芸術にも長けている」ということをアピールするために、 主な登場人物のほとんどを芸術家に設定し、文学や音楽の話をさせているとすれば、なかなか戦略的だ。
 あまりにも王子様的なファイヤーは現実味に欠けるが、この本を読んで理想の男性を夢見るもよし。 すくなくとも女性を「ビッチだ」「プッシーだ」という男性を “男性の” ロールモデルにされるより、ファイヤーをロールモデルにされるほうが女性にはうれしい。 恋愛小説、エンターテイメントとして読むことをおすすめする1冊。

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2003年8月6日 MIGHTY MULES' BOOKSTORE
(2007年2月9日編集再掲載)

 
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